医師が健診をすすめるのは「あなたの命を救いたいから」
どこも悪くないのに健診なんか受ける気がしない」と思う人は多いでしょう。しかし、何の症状もないからといって健康だとは限りません。病気が治るか治らないかは、早期発見が重要なのです。
「病気が見つかったら怖い」
「時間とお金がもったいない」
健康診断やがん検診を受けるか迷う、または受ける気がないという人からよく聞く意見です。時間や手間、お金を使って受けるのは確かに大変です。会社からの義務として仕方なしに受けている人もいるでしょう。
現在、日本のがん検診の受診率は20~30%ほどです。欧米の検診受診率が70%以上であることからすると、実はとても少ないのです。日本ではがん検診を50%の受診率にしようと、毎年キャンペーンを行っています。
健診やがん検診を受ける意味はご存じの通り、「隠れた病気をみつける」ことです。
自治体や国が健診やがん検診の受診を声高に勧めるのは、疾患による経済的喪失など、社会との関連の意味合いが強いでしょう。しかし、医師が健診やがん検診を勧めるときは、少し意味は異なります。
今回は内科医、消化器内科医としての経験をもとに、「健康診断を受けてほしい」その理由をお伝えします。
●「今の医学ではほとんどの病気は治らない」
これが健康診断やがん検診を受けてほしい理由です。より正確に言えば、進行した病気はほとんど治せないということです。
「治る病気もあるだろう」という声もあるでしょう。もちろん、治る病気もありますが、現在の医学においてそれは「早い段階の病気」に限られているのです。健康診断やがん検診を受けてほしい理由を言いかえると、それは
「治る段階で疾患をみつけて治したい」
これに尽きます。治る段階の病気のほとんどは「症状がありません」。胃がんを例に説明しましょう。
胃がんは日本人にとっては国民病とも言えます。先進国の中で胃がんがこれほど多い国はありません。
みなさんが胃がんと聞いてイメージするのは、「胃の痛み」や「血を吐く」などではないでしょうか。これらは、いずれもかなり進行した状態での症状です。その状態の多くは、転移などがあり根治療法が難しい状況です。
これに対し、早期胃がんは内視鏡治療で治ります。開腹せずに根治が望めます。病院勤務時代に経験した事例を示します。
<63歳男性の事例>
2カ月前からなんとなく体調が悪い。胃のあたりが重い感じがする。
食事は普通にしているのに、以前と比べ10kgほど体重が減った。
60歳で定年を迎えるまでは会社で健診を受けており胃カメラも毎年行っていたが、定年後は行っていない。便に血は混じっていない。
この話を聞いて消化器内科医は「胃がんだな」と思っています。血液検査、胃カメラ、CTの検査が指示されます。多くの病院では検査まで通常1カ月程度待つと思いますが、「すぐにやりましょう」と言われます。
検査を終えて1週間後に外来を受診すると、胃がん、多発肝転移、リンパ節転移と診断され、抗がん剤の治療を勧められます。こういう人を多く診てきました。
●健診、がん検診で「治療可能」になる病気
早期の状態で症状がなく、健診やがん検診で見つかることにより治療可能な疾患を列挙します。
・食道がん:死亡原因部位 男性6位 女性3位
・胃がん:死亡原因部位 男性2位 女性3位
・大腸がん:死亡原因部位 男性3位 女性1位
・乳がん:死亡原因部位 女性5位
・子宮がん:死亡原因部位 女性3位
・糖尿病:失明原因1位、透析導入原因1位
・高血圧:脂質代謝異常症
・肝炎(B型肝炎、C型肝炎)
(出典:厚生労働省「人口動態統計年報 死亡第8表」)
40歳から89歳までの死亡率トップはがんです。他にも各領域で多々ありますが、すぐに思いつく治療可能な病気だけでも、一般的でかつ死亡原因として多い病気を広くカバーできています。
●症状が現れる前の早期発見が治療のポイント
医師は「病気を治したい」という気持ちで診療しています。一方で「治らない」限界も知っています。研修医の中には「○○という疾患は治らないから、その病気を診る科にはいかない」と言う者も少なからずいます。この発想はどうかと思いますが、「治したい」という気持ちはとても強いのです。「治りますから一緒に頑張りましょう」と言いたいのです。
「症状がないうちならば根治が望める可能性が高い。だからその間に見つけたい。それならば治るから、治せるから」
これが、健診やがん検診を受けてほしい理由です。
病気になると社会的損失につながる、ということも理解しています。ですから、医師はなによりも「あなたの命を救いたいから」早いうちに病気を見つけたい。限界を知っているからこそ、早期発見と治療を強く勧めるのです。
健康診断やがん検診は、「何の症状もないのに健康診断なんか受ける気がしない」「病気が見つかったら怖い」と思われがちです。しかし、症状がないうちならば、たとえ病気が見つかっても治せる可能性が高いです。
お金や時間については個人の価値観ですが、病気が進行してから見つかると、治療のために失うお金と時間は比較にならないほど大きいです。誕生日などに、自分の体のメンテナンスとして計画しておくとよいかと思います。
●仕事への影響
現在は、企業によっては「ワークライフバランス」の一環としてドックや検診のための休日を設けたり、費用の補助を行うなどの取り組みもなされています。こういう取り組みの表彰も行われており、企業のイメージアップにもつながっています。
昨今のデータヘルス計画事業などもあり、企業、健康保険組合は受診率アップを目指しています。企業にとっても、進行した状態で疾患が見つかれば大きな損失になります。現代の医学ではまず受診してもらい、早期発見と予防は社員の健康と企業を守る唯一の方法なのです。
その昔、医師を呼ぶのは死ぬときと言われていました。
医学は日進月歩です。私の恩師である東京歯科大学市川総合病院の西田次郎院長は「僕らが研修医だったころは本当に治らない病気が多かった。君たちの時代はずいぶん治るようになった」と言います。
診断できるようになった時代を経て、今は、早期発見できれば治る時代です。
医学は万能ではありません。分からないことだらけです。その中で蓄積した知識や経験の中、より良い方法を探っているに過ぎません。
いずれは「症状が出てから病院へ行けばすぐ治る」という時代が来るでしょう。それまでは、健診やがん検診を受けるのがより良い選択だろうと思えるのです。